2006年10月09日

日中関係が悪いのはみんな小泉前首相が悪いのだのココロ。 安倍首相が靖国参拝をしないのは国益にかなうのだのココロ。

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朝日、毎日、東京、読売、産経など、今回の安倍総理の中国訪問のマンセー記事は気になる、そう思う方はクリックしてください!
また、このブログの記事は2006年10月9日に書かれたもので、未来の日本のためにネットを通じて情報を発信しています。2006年10月9日以降に、この記事に何かを感じた方はクリックをお願いします!
 今回の日中首脳会談の各社新聞社説によるマンセーぶりは気になるところだ。
 新聞全紙が褒めはやすということは、決して日本の国益にならない場合も多いからだ。
 以下、日中関係が悪いのはみんな小泉のせいなのよ、といわんばかりの社説をご紹介する。

☆朝日新聞社説 2006年10月9日 「日中会談 これで流れを変えたい」
 日本の首相が北京を訪れたのは実に5年ぶりのことだ。目抜き通りに沿って両国の国旗が飾られ、中国メディアは期待を込めて安倍首相の訪問を報じた。
  ・・・略・・・
 しかし、小泉前首相が靖国神社への参拝を繰り返し、政治面での両国関係は国交正常化以来、最低といわれる状況に陥った。両国がアジアの大国として競い合う時代を迎えたことも背景にあった。

☆毎日新聞社説 2006年10月9日 「日中首脳会談 心機一転で安定した関係を」
 安倍晋三首相は8日、北京で中国の胡錦濤国家主席と会談し、未来志向で日中関係を発展させていくことを確認した。日中の良好な関係はアジアの安定や国際社会全体にとって重要である。信頼関係の再構築に向けた両首脳の前向き姿勢を評価したい。
 日本の首相の訪中による首脳会談は5年ぶりだ。その間、両国トップの相互訪問が途絶えただけでなく、国際会議の場を利用した首脳会談すら昨年4月以降は開くことが出来なくなっていた。靖国問題で小泉純一郎前首相が「適切に対処する」と言いながら参拝を続けたことに中国が不信感を募らせたためだ。
  ・・・略・・・

☆東京新聞社説 2006年10月9日 「感情的対立に終止符を 首相公式訪中」
 日中首脳の公式訪問が六年ぶりに再開された。歴史問題で一部国民を巻き込み感情的対立を続けた過去に終止符を打ち、安全保障や経済を軸に、実務的な関係を打ち立てる出発点にすべきだ。
 二〇〇〇年十月の朱鎔基首相の来日以来、実に六年にわたり途絶えていた日中首脳の相互公式訪問が、ようやく再開された。東アジアの隣り合う大国同士の関係を国交断絶寸前まで追い込んだ原因は、小泉純一郎前首相の靖国神社参拝に端を発した歴史認識をめぐる両国の対立だ。
  ・・・略・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 小泉前首相の靖国参拝こそが日中関係を悪くした元凶だと言わんばかりの、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞だが、そんな現象のうわっつらしか見えないジャーナリストでいいのだろうか?
 中国や韓国の内政的な問題もしっかりととらえて記事を書くべきではないのだろうか?
 実際の話、中国・韓国の靖国神社参拝反対の陰には、日本の常任理事国入り反対という大きな理由もあったと思うが・・・。
 あの中国寄りと言われる日本経済新聞の社説 「 日中が連携して東アジアの平和を築け(10/9)」では、日中関係悪化の原因は、「小泉前首相の靖国参拝が唯一の原因ではない。」と次のように分析している。
 「日中関係の悪化は1990年代半ばから始まっており、なにも小泉前首相の靖国参拝が唯一の原因ではない。中国は旧ソ連の脅威を抑止するために70年代初頭、日米と戦略的連携関係の構築に動いた。しかしソ連・東欧の共産党体制崩壊後、共産党体制の存続に危機感を抱いた江沢民前政権が90年代半ばから愛国主義を鼓吹、対日強硬姿勢を鮮明にしたことに関係悪化の遠因がある。」
 ところで、靖国神社参拝で毎日、東京はおろか読売までもが以下のように、中国に日本が譲歩したようにとれる内容を社説に載せているのは気になった。
 こうした報道が靖国参拝をしないと受けとられ、安倍総理の靖国神社参拝が、ふたたび靖国バッシングを再燃させることにならなければいいが・・・。

☆毎日新聞社説 2006年10月9日「日中首脳会談 心機一転で安定した関係を」
 『靖国問題で安倍首相は、参拝するかしないかは言わないという姿勢をとっている。それにもかかわらず中国は首相訪中を受け入れた。首相在任中は参拝を控えるという暗黙の了解があるため、と理解するのが自然だ。双方にリスクを残した“あいまい対応”というより“紳士協定”と言った方が妥当だろう。』

☆東京新聞社説 2006年10月9日 「感情的対立に終止符を 首相公式訪中」
 『訪中に先立ち靖国参拝が持論だった安倍晋三首相は参拝について明言を避ける“譲歩”を行った。』

☆10月9日付・読売社説 [日中『互恵』関係]「北朝鮮問題が試金石になる」
 『中国が「首相は参拝しない」と受け止められるような何らかのシグナルを、水面下で送っていたのかもしれない。』

☆朝日新聞社説 2006年10月9日 「日中会談 これで流れを変えたい」  
 『首相による参拝を強く求めてきた安倍氏だからこそ、参拝を控えても国内を説得しやすい側面もあろう。首相には大局的な見地に立った決断を求めたい。』

☆日本経済新聞の社説 「 日中が連携して東アジアの平和を築け(10/9)」
 『しかし過去十数年間の反日愛国主義の教育・宣伝が中国国民に残した影響力は根強い。「政治的困難の克服」に言及した安倍首相が靖国参拝を続ければ、関係は再びこじれかねない。A級戦犯を合祀(ごうし)する現在の靖国神社には参拝を控えてほしい。』

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posted by 無名 太郎 at 13:18| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞はどうしてしまったのか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月01日

週刊ポスト8月11日号 「誰が菊のカーテンを開けたのか」を読む。

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経済界やジャーナリストは中国や韓国とのつきあい方について見直す時期に来ている、そう思う方はクリックしてください!

 今回日本経済新聞によって富田宮内庁長官の手による「天皇のA級戦犯靖国合祀不快感発言メモ」と断定的に報じられた富田メモだが、その公表は遺族だけの判断ではなく、背後に〈大きな意志〉が働いていたのではないかという指摘があると「週刊ポスト」8月11日号は報じている。〈詳細は「週刊ポスト」(小学館発行8月11日号)をご参照ください!必読です。〉
 つまり、今回の富田メモの公表は重要な問題を示唆しているとして、自民党の閣僚経験者の見方を報じている。
「・・・略・・・不思議なのは、お言葉の漏洩が陛下のお心に沿わないものであれば、当然、宮内庁は何らかのアクションを起こすはずなのに、日経の報道にも他紙の後追い報道にも沈黙を守っていることだ。まるで宮内庁が暗黙の了解を与えているようにも見える。・・・略・・・」
 同記事は同様の疑問を持っている皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏の声を伝えている。
 「遺族と日経が独自の判断で掲載したとは考えにくい。取材上も、メモの内容のウラを取るために事前に宮内庁に確認する必要があるでしょう。・・・略・・・」
 そして、『宮内庁は一貫して「コメントする立場にない」というものの、日経報道の内容を事前にどこまで察知していたかは大きな謎だ』と、同記事は報じている。
 また、今回の週刊ポスト紙の取材に対し、宮内庁総務課報道室は富田メモの内容を事前に日経から照会されたかと言うことに対しても「そうした事実はない」と否定し、さらにメモの存在自体も「把握していない」と回答しているそうだ。
 しかし、『誰が、どんな目的で《菊のカーテン》を開け、これまで封印されてきた「お言葉」を公にして、結果として安倍氏を掣肘したというのだろうか。自民党内に根強いのが「外務省仕掛け説」だ』と同記事は報じている。
 すなわち、外務省は安保理で国連決議をめぐって安倍氏と激しく衝突していたが、日本が国連決議に将来の武力行使の根拠にもなる国連憲章7章の条文を盛り込むことを主張したのに対して、中国、ロシアは「7章を削除しなければ応じられない」と反対した時、『外務省は全会一致による決議の採択を優先して7章削除を受け入れようとしたが、安倍氏は「腑抜けの決議ならやらないほうがいい」と認めず、外務省内には「このままでは中国は拒否権を使う。殿、ご乱心だ」と、その強硬姿勢に批判の声があがった。』と言う。
 さらに『採決前日の7月14日には、安倍氏は河野雅治・外務省総合政策局長を官邸に呼び、「俺は乱心などしていない。これは総理の指示だ」そう怒鳴り声をあげたと伝えられている。』そうだ。
 つまり、今回のメモ公表は、『そうした安倍氏の姿勢に外務省中枢が次のように危機感を強めた』結果だという。
  すなわち外務省中枢によれば、『・・・略・・・。彼(安倍氏)の思想は極めて危険だ。(日経記事が出たその日に奇しくも出版された)新著(『美しい国』)では、“日本のリーダーシップでアジアに自由と民主主義、基本的人権、法の支配を共有するために貢献しなければならない”と掲げている。ブッシュ大統領のイラク攻撃と同じ理屈であり、何よりもそれを日本の政治家が言えば、アジア諸国からはかつての大東亜共栄圏構想と全く同じ主張に聞こえる。“闘うポーズ”を強調するあまり、日本をアジア、国際社会から孤立させる不安がある』と。
 同記事は『そのことがメモ公開の《起爆スイッチ》になったのではないか」』と言う。
 その根拠のひとつが外務省と宮内庁の太いパイプであると言う。
 現在、宮内庁では侍従長と式部官長という最高幹部が外務省出身者で、特に式部官長の川島氏は外務事務次官当時、将来の駐米大使と目されながら、01年に田中真紀子外相に更迭され、宮中の慣行でも小泉首相と衝突したと言われる。
 そうした『人脈的な結びつきから、森派幹部は「安倍氏の国連決議交渉での激怒が引き金となって、外務省と宮内庁の一部が昭和天皇発言報道に“ゴーサイン”を出した」と疑っている。』と言う。
 しかも同メモには『安倍氏にとって、富田メモには靖国参拝以上に神経質にならざるを得ないくだりがある』からだと。
 なぜなら、『今回のメモで「昭和天皇が、日独伊三国軍事同盟を結んだ松岡洋右・元外相が合祀されているのを名指しで批判した部分だ。それは安倍氏の「政治的DNA」に密接に絡んでいる。』と言う。
 『森派の長老はそこに安倍氏批判の主眼があるのではないかと指摘』しているそうだ。
 『「・・・略・・・、メモにはA級戦犯の中でも松岡外相と白取敏夫・駐イタリア大使の名前が切り取られたように登場する。松岡元外相と安倍さんの祖父、岸信介・元外相は同じ長州出身、満州経営の盟友であり、縁戚関係にある。メモで松岡が名指しされたことが靖国参拝の障害になるとすれば、安倍さんにはたまらないでしょう」』
 『しかも松岡元外相は長州が生んだ戦前の大物政治家であり、ラジオ談話で「大東亜共栄圏」という言葉を最初に使った人物だといわれる。』
 そうした事実を思うとき、同誌は今回の富田メモの公開が、安倍氏のDNAまでさかのぼり一石を投じると同時に、その外交姿勢が政界や外務省などから『「大東亜共栄圏構想と誤解されかねない」と心配されているその外交姿勢に警鐘を鳴らす狙いまで込められているとすれば、かなり周到に練られた計画と言える』と報じている。
 ・・・同記事を一部抜粋要約・・・

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆     
 新聞は今回の報道でも、8月15日の小泉首相の参拝時期を狙ってこの情報を意図的にリークしている。
 そこにはどんな手を使ってでも小泉首相や後継の首相の靖国参拝を阻止したい、という姿勢が見え隠れする。
 不思議なほど日本の新聞などのジャーナリスト達はなぜか靖国参拝反対一色である。
 そして、日本の首相の靖国参拝は戦争に反省していないからだと決めつける。
 それは、「罪人であれ、罪を償えば死後は許される」という日本の文化にも反する行為であるのに、なぜか自国の習慣を捨ててまで外国の主張に迎合しようとする。
 そこには日本人としての視点がない。そして反日的な人間が日本の歴史を全て悪いと決めつけかねない特定アジアの主張しか感じられない。
 そしてそこにはこれだけ中国や韓国の発展に貢献しているのに、あるいはこれほど謝罪を重ねてきたのに、戦後60年を経ってもまだ何故か「未来永劫日本を許さない」というような中国や韓国の為政者の思惑に乗せられているかのような主張しかない。
 本当に情けない日本のジャーナリスト達。全く呆れるほかない。
 しかもこのメモを発表した正義感溢れるジャーナリストであるはずの日本経済新聞社社員による驚くべきインサイダー取引や、北朝鮮に支局を開きたいがために、北朝鮮のミサイル発射が行われたそのさなか日本のマスコミ揃っての北朝鮮詣でも記憶に新しい。
 一見立派な主張をする人達だが、日本人で首相の靖国参拝に反対する人たちは、現実にはそうした何らかの経済的利害関係を中国や韓国などに持っている人が多い。
 そうした人達が目先の欲に目がくらんで、自分が中国や韓国などの思惑にはまっているのに全く気がついてはいない人が多いような気がする。
 戦前も今も日本は経済的な理由で中国や韓国などに進出しているが、ある意味これほど両国の経済発展に貢献してきたのにそんなにも日本が軍国主義礼賛国家などと誤解されているのだとしたら、経済人やジャーナリストはもう少し頭を冷やし、中国や韓国とのつきあい方について、見直す時期に来ていると言えるのではないだろうか。

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posted by 無名 太郎 at 20:52| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 新聞はどうしてしまったのか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月22日

日経新聞「A級戦犯靖国合祀についての天皇不快感発言」メモの信憑性を問う。 2ちゃんねるに劣るのか?日本の大新聞の真実を検証する精神は!(7月23日付2ちゃんねる解読メモ文追加改訂第4版)

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何百万部という発行部数を誇る新聞やテレビなどのマスコミよりも2ちゃねんるの天皇発言メモ検証の方がずっと信憑性がある、そして新聞は天皇不快感発言を訂正すべきだ、そう思う方はクリックしてください!
 「天皇靖国合祀不快感発言メモ」を巡っていつの間にかその信憑性と日本経済新聞のメモの報道のあり方がネットで大きな問題となっている。他の人の発言かもしれないという解釈の余地のある部分を意図的にか(?)カットしているからだ。
 今回は、「メモの発言部分は天皇陛下ではない」と言う2ちゃねらーによる検証解説を以下に掲載することで、日本経済新聞の今回のメモ報道のあり方などの問題点をブログをご覧の皆様と共に再確認し、「昭和天皇不快感発言メモを発見した」と断定的に一面で報じた大新聞社に訂正を求めていきたいと思う。

【ある2ちゃねらーの分析】
☆問題の富田宮内庁長官メモ
http://pc.gban.jp/m/index.php?p=961.jpg
 前にもあったが どうしたのだろう
 中曽根の靖国参拝もあったが
 藤尾(文相)の発言。
 =奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないとも。(この部分は、このメモの書かれる直前の4月12日に『奥野発言』があり、86年の『藤尾発言』と比較されているのだというネットの主張もある。)←奥野元長官と藤尾元大臣に対する、富田宮内庁長官自身の見解
 私は或る時に、A級が合祀され、その上、松岡、白取までもが、
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と松平は平和に強い考えがあったと思うのに、親の心子知らずと思っている だから 私あれ以来参拝していない。それが私の心だ。
日経が一面に載せたメモ 
http://pc.gban.jp/?p=4106.jpg
 私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は 平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ
(日経はこの部分↓を完全に削除 )
 前にもあったが どうしたのだろう 中曽根の靖国参拝もあったが 藤尾(文相)の発言。 =奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないと
 「前にもあったが どうしたのだろう 中曽根の靖国参拝もあったが」・・・この部分は富田宮内庁長官自身の感想。靖国が問題視されている状況に対しての一言。
 その後、「藤尾(文相)の発言。」を書き記す前に「=奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないとも。」・・・とする富田宮内庁長官自身の解釈。
 その後、「私は或る時に〜私あれ以来参拝していない。それが私の心だ。」・・・は藤尾元大臣の発言。だと分析している。
 また、ネットで「富田メモは昭和天皇ではなく藤尾元文相の発言」と主張するninomi氏によれば、
 靖国神社参拝推進派藤尾正行氏と奥野誠亮氏、同じタイプのタカ派と呼ばれていたが実は靖国参拝を推進する奥野氏と違い、藤尾氏は靖国参拝をしていない。また「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」にも参加していない。 
 藤尾氏のこの発言は、同じタイプと言われるが行動が異なる奥野氏のことに触れるとともに、自分(藤尾氏)が何故、靖国参拝をしないのか、その理由を発言したものだ。
 さらに、昭和天皇が参拝を止めたのは1975年。しかし、A級戦犯の合祀は1970年に決定されている。
 当時、合祀は宮司預かりとなっており、実際にはA級戦犯合祀されたのは宮司が変わった1978年。1975年当時に1978年に合祀されることもわかり得ないのに、それを理由として参拝を中止したと言うのは辻褄が合わない。
 つまり、この発言は昭和天皇の参拝取りやめに関する発言では無いのは明白で、藤尾元文相が参拝を中止した理由を述べた発言だ。と分析する。

【別の2ちゃねらーの分析】
 また、別の2ちゃねらーはこの言葉は徳川前侍従長によるものだと主張し、それを主張する根拠として天皇不快感発言説に以下の重大な疑問を投げかけている。
☆重大な疑問
1 「日記や手帳に克明に書き残していた。」のになぜかこの部分は手帳に貼り付けてある。
2 日記のページは黄色く変色しているのに、メモ自体の保存状態が極めて良好(紙が真っ白)。
3 ブルーインクで書かれた文字が、経年劣化で退色したりかすれたりせず、綺麗なままである点。
4 天皇陛下が自分の(個人的な)意思で参拝したり、取り止めることはできない。それをできると思うのは、外国人か日本の官僚機構を知らない人達。
5 勅使は陛下の私費で現在も靖国神社に派遣されている。
6 天皇陛下はABC級戦犯も追悼の対象である全国戦没者追悼式に毎年参列して御言葉も述べている。
7 白鳥を白取と誤字。
8 理論構成、概念、時系列が中国共産党にあまりに都合が良すぎるステレオタイプそのもののような文章。
  「平和に強い考え」?何それ?中共の影響力の強い旧社会党や社民党がいかにも使いそうな言葉。
  「平和に強い考え」=「平和への熱い思い」と同義でしょ。
9 「松平の子の今の宮司がどう考えたのか、易々と。」「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」
  合祀された78年ならまだしも、10年後の崩御の前年の88年に語ったとすると日本語としてあまりに不自然。
10 「それが私の(本)心だ。」文末でわざわざもう一度総括(笑)する不自然極まる文章。
11 当時の侍従長でA級戦犯の合祀に大反対だった、徳川義寛氏の発言と考 えれば、内容はすべて辻褄が合う。
 昭和天皇の侍從長を勤めた徳川義寛氏は、この極東軍事裁判A級戰犯合祀について、
 「筑波さんのように、慎重な扱いをしておくべきだったと思いますね」と、松平永芳宮司の措置を批判的に語つてゐる
 「昭和天皇と50年・徳川前侍従長の証言」(朝日新聞1995年8月19日)
12 1988年4月28日に富田宮内庁長官の拝謁の記録なし?徳川侍従長とは打ち合わせの記録アリ?(※未確認情報)
13 「藤尾(文相)」とあるが、藤尾正行の文相在任期間は、1986年7月22日〜9月8日。(7月22日追加改訂)

【さらに別の2ちゃねらーの分析】
 さらに別の2ちゃねらーはやはりこれは徳川前侍従長の発言だと主張し、さらに昭和天皇の発言だと検証もなく断定した新聞社に訂正をするよう求めている。
1.メモはプレスの会見を筆記したものである。
2.昭和63(1988)年4月28日の記述である。
3.質問に対るす答えは率直な感想を述べているように読み取れる。
発言内容を事前にチェックされる立場の人間ではない事が判る。
4.高松宮様に対して薨去という言葉を使っている事から宮家ではなく
仕える立場の人物の発言と読み取れる。
5.「(3) 4:29に吐瀉したが」のくだりは客観的な表現で自身の事ではない。
6.戦争の感想を問われた時「嫌な気持を表現」している人物である。
7.あまり閣僚を知らない人物である。
8.会見時の発言に「そうですか」が多かった。
9.靖国神社の松平永芳宮司を松平の子と呼ぶ事から近親者で年配者である事が判る。
 以上の事から考えて、このメモの発言者として最も適当な人物は徳川侍従長である事は明白です。
理由は以下の通りです。
a.徳川侍従長のが勇退日は昭和63(1988)年4月末日。(会見の有無は確認できず)
b.徳川侍従長の以前からの発言と相似している。
c.前出の1〜9の指摘事項に全てあてはまる。
 では昭和天皇陛下の発言とした場合、以下の矛盾点が生じます。
イ.この日に昭和天皇陛下の会見は報道されていない。翌29日の天皇誕生日での会見は記録に残っている。
ロ.記者が天皇陛下に対してこのような質問をするとは思えない。又、質問する機会もない。 ・発言者が昭和天皇であるという証拠が無い
・にも拘らずメディアは「昭和天皇が不快感」とほぼ確定で報道した
・仮に昭和天皇の意思であっても、それを政治に反映させてはならない
 この三点が重要であって、このメモに学術的史料価値を求めるなら
検証は不可欠であるということ。
 昭和天皇の発言、意思だと確定できればそれは学術資料として末永く残ることになる。
 陛下の意思を大切にしたいと思う個人の心情の変化等については
現行法ではそれを止めることはできない。それが首相であろうとも。
検証を重ねても発言者が確定できない場合は、「昭和天皇の意思」「昭和天皇が不快感」という報道を行ったメディアは速やかに訂正することが求められる。(7月23日追加改訂)

 大新聞よ、2ちゃねらーやネットの解釈の方がよほど説得力があるのではないだろうか?反論できるなら紙面で是非お願いしたいものだ。

JRANK BLOGRANKING
何百万部という発行部数を誇る新聞やテレビなどのマスコミよりも2ちゃねんるの天皇発言メモ検証の方がずっと信憑性がある、そして新聞は天皇不快感発言を訂正すべきだ、そう思う方はクリックしてください!
参考資料→今回の日本経済新聞など新聞発表による冨田長官メモと、2ch有志による文字通り血反吐を吐くような努力と真実を追究しない偽ジャーナリスト批判精神による地を這うようなローラー作戦の結果、解読が達成されたもう一方の面の糊付けされた【謎メモ】
 2ちゃねんるの解析によれば、今の所「私」=「徳川侍従長」 説が最有力のようである。
☆Pressの会見
[1]   昨年は
  (1) 高松薨去間もないときで
    心も重かった
  (2)メモで返答したのでつく
   していたと思う
  (3) 4.29に吐瀉したが その前で
    やはり体調が充分でなかった
   それで長官に今年はの記者
   印象があったのであろう
   =(2)については記者も申して
    おりました
[2] 戦争の感想を問われ
  嫌な気持を表現したが
  それは後で云いたい
  そして戦後国民が努力して
  平和の確立につとめてくれた
  ことを云いたかった
  "嫌だ"と云ったのは 奥野国土庁長
  の靖国発言中国への言及にひっかけて
  云った積りである
             4.28 〔4〕
  前にあったね どうしたのだろう
  中曽根の靖国参拝もあったか
  藤尾(文相)の発言.
 =奧野は藤尾と違うと思うが
  バランス感覚のことと思う
  単純な復古ではないとも.

    私は 或る時に.A級が
    合祀され その上松岡.白取
    までもが、
    筑波は慎重に対処して
    くれたと聞いたが 
〇   松平の子の今の宮司がどう考 
余そ  えたのか 易々と
りう  松平は平和に強い考が
閣で  あったと思うのに 親の心子知
僚す  らずと思っている
もが  だから 私あれ以来参拝
知か  していない.それが私の心だ
ら多
すい ・ 関連質問 関係者もおり批判になるの意
              (7月23日追加改訂第4版)
posted by 無名 太郎 at 16:08| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 新聞はどうしてしまったのか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月20日

宮内庁は日本の神道と皇室制度をもっと真面目に守れ! いわゆる「A級戦犯」靖国神社分祀で日本人が失うもの。

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昭和天皇についての肉声は聞きようもないのだから、宮内庁がどのような形であれこのような資料をしっかり管理できなかったのは、特定アジアの靖国神社A級戦犯合祀反対論を援護するばかりか、小泉総理の8月15日靖国神社参拝を妨害しているようで全くおかしい、そう思う方はクリックしてください!

 7月20日付日本経済新聞朝刊に(一部夕刊紙)に『昭和天皇が1988年、靖国神社のA級戦犯合祀に不快感を示し、「だから、私はあれ以来参拝していない。それが、私の心だ。」と、当時の宮内庁長官、富田朝彦氏(故人)に語っていたことが日経新聞が入手したメモで分かった。昭和天皇は1978年のA級戦犯合祀以降、参拝しなかったが、理由は明らかにしていなかった。』と言う記事が掲載された。
 同紙は、『靖国神社に参拝しない理由を明確に語り、その発言を書き留めた文書が見つかったのは初めて。「昭和天皇が参拝しなくなったのはA級戦犯合祀が原因ではないか」との見方が裏付けられた。』と断定している。
 また、同紙は次のように報じている。「靖国神社についての発言メモは88年4月28日付で、手帳に貼り付けてあった。「昭和天皇はまず「私は、或る時に、A級戦犯合祀され、その上松岡、白取までもが。筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」と語ったと聞いたがと語ったと記されている。
 さらに、付け加えて同紙は昭和天皇の言葉として『「松平の子の今の宮司がどう考えたのか、易々と松平は平和に強い考えがあったと思うのに、親の心子知らずと思っている。だから、私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と述べている。』と報じている。
 この日本経済新聞の報道を受けて、7月20日の夕刊は読売、朝日、毎日など大新聞は全紙一面で報じた。
 ブログ「Let's Blow! 毒吐き@てっく」でいち早くこの記事が報じられているが、私たちが日本人として今回の日本経済新聞の記事に受けた印象を的確に表現している投稿が「Let's Blow! 毒吐き@てっく」の投稿にあるので、二三勝手に取り上げさせて頂きたいと思う。

まずは「真名さん」のご意見から。
 この種の「一次史料」は、宮内庁などの公的機関が管理しないと駄目です。
本物ならば、内容的に、決して私的なメモとは言えません。
昭和天皇の人格や思想を表現するもののようですから。
まず公的に真偽を鑑定するべき責任がある。
その上で、本物ならば、私的に管理するべきものではない。
史料の偽造は、非常にありふれた現実です。
そういう史料はいくらでもある。
慎重に扱うべきです。
日経新聞は、そこがおかしいと思いますね。
真偽定かならぬ「一次史料」を政治的思惑から利用しようとしているようにすら見えないこともない。

次はJAXVNさん。
 この手の報道は以前にもありましたね。「昭和帝は東条が靖国神社に合祀されたと聞いた時、大いに不快感を示された」という事を「事実」として書いていた物も読んだ記憶があります。こういう報道を目にするたびにいつも私が思うのが、「ではマッカーサー元帥の回顧録にあった、「すべての責任は私にある。他の者はすべて許してやってほしい。」という昭和帝のご発言はどうなるんだ?」という事です。今回の日経新聞の記事にあるご発言と、この「マッカーサー回顧録」のご発言が完全に矛盾している事は小学生でも分かる事であり、どちらかが嘘である事は明確なのですが、こういう記事でさらに「つまり「マッカーサー回顧録」のご発言は捏造であった。」と続けた物はいまだに見たことがありません。とりあえず、今回の日経の記事については今後の続報を待ちたいと思いますが、私自身は「かなり怪しい」という気がしています。まあ私は、ほとんどの場合「昭和帝のご発言そのもの」とされているかの「昭和天皇独白録」についても、かなり脚色(?)があると思っているのですが。

最後は詠み人知らずさん。
 宮内庁長官は、誰が選ぶのですか?
どこかで、外務省管轄と読みましたが、本当ですか?
私はもっと、別な部署(どこといえませんが) 厳かなところから選ばれるものと思っていました。
この富田なる宮内庁長官の人物をよくよく調べる必要がありますね。
手帳の中に貼り付けてあったメモを見つけたご家族は何故にすぐ新聞社に売ったのでしょう? 何か意図が家族と新聞社にはあったのでしょうか? 何故に宮内庁に相談されなかったのでしょうか?
それとも相談されるような空気が宮内庁にはないのでしょうか?
宮内庁で働く方々には「恐れ多くも」という聖なる精神が欠けているのではありませんか?
ご自分がどこで働いているか?
ご自分の職業を、愛しておられるのですか?
ご自分の「レゾン・デートル」を見つめなおされたら?
      ・・・略・・・

 私が、今回の日本経済新聞の記事を読んで感じたのは、「女系天皇賛成」や「三笠宮寛仁親王殿下」に平気で黙れと言えるような天皇制にほとんど敬意を払っていないようにしか見えないジャーナリスト達が、天皇の言葉を使ってまで、靖国神社のA級戦犯合祀に反対する記事を喜んで書こうとするのは、それは大変おかしなことではないか、ということだった。
 このブログで何度も言っているが何かと靖国神社合祀に批判の多い東条英機などはA級戦犯としてすでに処刑されており、確かに隣国に迷惑をかけたのも否定もしないが、東京裁判の是非は別としても、罪を死など重刑で償っているのだから、それ以上の罪の償い方は見当たらない。
 靖国神社へのA級戦犯合祀が日中友好や日韓友好の妨げと言うが、天皇誕生日に文官まで処刑した東京裁判が全て正しいと言うことこそは、すなわちA級戦犯をヒトラーにたとえるような明治以降の日本の歴史を全否定したがる中国や韓国の歴史観こそは、「反日外国人」と「外国人参政権」賛成とか「人権擁護法案」賛成などで手を結ぶ「団塊世代」の左翼思想に染まった反日日本人でもなければ、とても受け入れられるものではないだろう。
 なぜなら、いわゆる「A級戦犯」を死刑にしてもまだ飽き足りないこうした日本悪玉論に基づく歴史観は必ずA級戦犯の次には天皇の戦争責任論、さらにはもう済んでいるはずの日本人全体の戦争責任論などにまで及ぶ危険性さえばかりか、日本人の無意識的な心の支えである宗教「神道」の全否定にまで繋がりかねない危険性があるからだ。
 例を挙げれば在日韓国人なども含め韓国人は、必ずと言っていいほど何らかの神道以外の宗教を、例えば西欧のキリスト教やあるいは我が国の創価学会などを信奉したり、大学の選択に当たってもミッション系の大学などを選びたがる傾向がある。
 そうした理由は、日本人が純粋にそれらの宗教を信奉するのと違って、彼らが現在受けている歴史教育によって日本の神道だけは絶対に認めたくないと言うような傾向が強いのが原因だ、というのが本当のところではないだろうか。
 つまり、彼らは日本人に対して根強い「恨」の気持ちを忘れないような教育を受けているため、日本の天皇を祀るような神道だけはまっぴら御免だ、と意識的にも無意識的にも日本の文化の根源でもある「神道」を、さらには日本文化そのものを否定したがったり、自国起源に結びつけたがる傾向が強いようだ。
 それが証拠に、宗教に寛容な日本人なら仏教徒やクリスチャンでも正月には神社の鳥居の門をくぐるが、彼らは絶対にそれを受け付けないものが多い。
 そうした事実を知れば、千鳥ヶ淵に戦没者のための追悼施設をなどという主張も一見尤もらしいが、実はそうした考え方は、追悼施設から日本の伝統的な宗教である「神道」を排除しようとする日本の神や日本人を全否定する排他的な宗教徒が考え出した結論であることが分かるだろう。
 はっきり言えば「A級戦犯靖国合祀」を批判することは、そうした諸外国の極めて排他的な歴史観、宗教観さらには民族観を受け入れることであり、天皇制をついには日本人であることを証明するアイデンティティとしての「神道」を全否定することにも繋がりかねないのは言うまでもない。
 つまりそうした「A級戦犯靖国合祀批判」や「A級戦犯靖国分祀論」は、日本の極めて寛容な神仏混交の伝統を持つ「神道」ばかりか日本文化や日本人そのものを否定する行為であるのだ。
 ところが、我々日本人の生活と切っても切れないはずの「神道」と言う宗教に極めて戦後のエリートが意識することがなかったがゆえに、本来日本の伝統や文化を守るべき知識人であるはずの新聞や雑誌などの日本のジャーナリスト達が、神道の大切さを忘れ、いわゆる「A級戦犯」靖国神社合祀に反対し、分祀を肯定するかのような新聞で賑わうという極めて情けない状況となっている。
 なるほど、現在ヨイショ記事で日本経済新聞は「中国人」の読者層を増やし、朝日新聞は「竹島を韓国に譲れ!」で尚一層「韓国人」から進歩的新聞と高い評価を受けているのは知っているが、日本人がそして神道などの日本の宗教や日本文化が様々な宗教に寛容であるのにもかかわらず、日本の宗教である「神道」や日本文化そのものを否定したがる度量の狭い特定アジアの現状を見れば、靖国神社を尚外交の争点とするかのような日本の新聞は、あまりにも愚かだ、という言葉以外に見つからないのである。
 さて、ブログをご覧の皆様はどうお感じだろうか?
  
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昭和天皇についての肉声は聞きようもないのだから、宮内庁がどのような形であれこのような資料をしっかり管理できなかったのは、特定アジアの靖国神社A級戦犯合祀反対論を援護するばかりか、小泉総理の8月15日靖国神社参拝を妨害しているようで全くおかしい、そう思う方はクリックしてください!

★study1→A級戦犯とは?
A級戦犯(えいきゅうせんぱん)とは、第二次世界大戦の敗戦国日本を戦勝国が裁いた極東国際軍事裁判において「平和に対する罪」について有罪判決を受けた戦争犯罪人をさす。起訴された被疑者や名乗り出たものを含む場合もある。刑の重さによってアルファベットによってランク付けされたものではない。近年はA項目戦犯という呼称もされている。

絞首刑(死刑)
板垣征四郎 - 軍人、陸相(近衛内閣・平沼内閣)、満州国軍政部最高顧問、関東軍参謀長
木村兵太郎 - 軍人、ビルマ方面軍司令官、陸軍次官(東條内閣)
土肥原賢二 - 軍人、奉天特務機関長、第12方面軍司令官
東條英機 - 軍人、第40代内閣総理大臣
武藤章 - 軍人、第14方面軍参謀長(フィリピン)
松井石根(※1) - 軍人、中支那方面軍司令官(南京攻略時)
広田弘毅 - 文人、第32代内閣総理大臣

終身刑
荒木貞夫 梅津美治郎(※2) 大島浩 岡敬純 賀屋興宣 木戸幸一 小磯国昭(※2) 佐藤賢了
嶋田繁太郎 白鳥敏夫(※2) 鈴木貞一 南次郎 橋本欣五郎 畑俊六 平沼騏一郎 星野直樹

有期禁錮
重光葵 (7年) 東郷茂徳 (20年、※2)

判決前に病死
永野修身 (1947年1月5日没、※2) 松岡洋右 (1946年6月27日没、※2)

訴追免除
大川周明 (梅毒による精神障害が認められ訴追免除)
※1…「a項-平和に対する罪」では無罪
※2…獄中死

●処刑後について
殉国七士墓処刑された7人の遺体は横浜の久保山火葬場で火葬され、遺骨は米軍により東京湾に捨てられた。しかし、12月25日に小磯国昭の弁護人だった三文字正平が共同骨捨て場から遺灰(7人分が混ざった)を密かに回収し、近くの興禅寺に預けた。1949年5月に伊豆山中の興亜観音[1]に密かに葬られた。その後、1960年8月16日に愛知県幡豆郡幡豆町三ヶ根山の山頂付近に移された。三ヶ根山には「殉国七士廟」が設けられ、その中の殉国七士の墓に遺骨が分骨されて安置されて今に至る。

★study2→《靖国神社に合祀された東京裁判のA級戦犯14人》とは?
 1978年、靖国神社が死刑及び獄中死の14名を「昭和時代の殉難者」として合祀した。
《靖国神社に合祀された東京裁判のA級戦犯14人》は以下の14士である。
【絞首刑】(肩書は戦時、以下同じ)
東条英機(陸軍大将、首相) 板垣征四郎(陸軍大将) 土肥原賢二(陸軍大将)
松井石根(陸軍大将) 木村兵太郎(陸軍大将) 武藤章(陸軍中将) 広田弘毅(首相、外相)

【終身刑、獄死】 平沼騏一郎(首相) 小磯国昭(陸軍大将、首相)
白鳥敏夫(駐イタリア大使) 梅津美治郎(陸軍大将)

【禁固20年、獄死】
東郷茂徳(外相)

【判決前に病死】
松岡洋右(外相)永野修身(海軍大将)

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2ちゃんねる

posted by 無名 太郎 at 22:55| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 新聞はどうしてしまったのか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

日本の新聞は、そして日本経済新聞はどうしてしまったのか? 新聞社につけたい三つの注文!

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 荒川静香の金メダル獲得で沸く日本で隠れてしまいそうになったが、日本ではメール疑惑と同様に大変大きな問題を新聞は報じている。それは勿論「日本経済新聞社」の30代の広告局員によるインサイダー取引の疑惑の発覚である。朝日新聞の社説で報じるまでもなく、「社員個人の責任にとどまらず、報道機関としての信頼が損なわれる深刻な不祥事」である。
 なぜなら、日本経済新聞は文字通り日本経済を代表する新聞社であるばかりか、商法などによる法定公告の掲載先として他社の追随を許さない強さを誇っている新聞だからである。すでに日本経新聞社は、杉田亮毅社長が謝罪し、広告担当常務の引責辞任などを発表しているが、新聞がもし本当に公器であると国民が信頼していると仮定するならば謝ればすむというような問題ではないからである。
 しかし、ねつ造や不正こうした新聞の不祥事を耳にするにつけ特にネットでの批判が多い朝日新聞も含め日本の新聞はどうなってしまったのかと考える時、新聞社が例の宗教団体の広告を大きく掲載したりサラ金と言われる消費者金融などの広告を掲載する一方、「嫌韓流」などの広告は決して掲載できない現実を見ると、新聞とそれに従事する新聞記者の今回の堕落はすでに新聞社を相当蝕んでいることが分かる。
 そこで、このような事件を防ぐためにどうするかと言えば、いろいろな方法が考えられるだろうが、朝日新聞などが真のジャーナリストであると主張するのならば、新聞社社員には厳しいモラルを守っていただくためにも是非次の三つのことを新聞社に実行して頂きたい。
 まず第一に、新聞社と関連のテレビ局は宗教団体の広告をやめることである。朝日新聞などを見ても毎日のように乗る某宗教団体や新興宗教など宗教関係のあまりの広告の多さに眉を顰めたくなるほどである。
 なにゆえ、某宗教団体やその教祖の出版広告が毎日のように載るのかよく分からないが、嫌韓流などの広告は決して載らないのにそれほど某宗教団体の広告に熱心なのは、朝日新聞は某宗教団体の利益を代弁しているのではないか、とネットで囁かれるほど頻繁であることを考えると、朝日新聞などにはこうした疑惑をきっぱりと否定するためにも、是非そうした宗教団体の広告をやめるなど新聞紙面の改革をお願いしたい。
 第二に新聞社と関連のテレビ局はサラリーマン金融などサラ金と言われる消費者金融やこれに出資している金融機関に対し広告の制限し、こうした企業からの接待などを禁止するだけでなくそうした企業の広告を規制する自社ルールを作るべきであると思う。
 というのは、サラ金は自己破産をまねくばかりか一年に三万人以上と言う自殺大国日本と言われる自殺の引き金になっているとも言われており、また以前は大手都市銀行などはサラ金すなわち高利貸しである消費者金融業に手を出さなかったが、現在では、大手金融もこうした消費者金融に資金を流すばかりか、自分たち自身も消費者金融業界に参入しており、そうした企業と交際したり広告を載せることは日本人の自殺の助長とも言える恥ずべき行為であり、当然規制があってしかるべきだと考える。
 第三に、新聞社と関連のテレビ局はパチンコやパチスロなど賭博・ギャンブル性など射幸心に訴えるような企業との交際や広告の受注は特に自粛すべきである。なぜなら、パチンコは韓国・北朝鮮の外国企業が9割を占める中で、韓国や北朝鮮を政治的に報道する妨げとなりかねず、さらに韓国人犯罪者に対して通名報道しかできないなど、報道の自由に影響しかねない現状やさらに自己破産者を助長するような自己破産約20万件という破産者急増の現状を考えれば、サラ金から金を借りる理由の一つでもあると言われる射幸心を助長するようなこうした企業との癒着や、広告はやめるべきである。
 これらの三つは新聞が守るべき最低のモラルだと思うし、この最低のモラルを守ってこそ初めて真の「ジャーナリスト宣言」ができ言論の自由も主張できると思うが、今回の日本経済新聞の堕落を見ても朝日新聞などの大手新聞には是非この最低限度のモラルは守って、言論人として襟を正していただきたいものである。

posted by 無名 太郎 at 11:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(2) | 新聞はどうしてしまったのか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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