2007年01月18日

なぜ、悠仁親王殿下のお印に「高野槇」が選ばれたのか? 「真言密教」で読み解く悠仁親王の「お印」の謎。

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 「高野槙(こうやまき)」をご存じでしょうか?
 「高野の六木」のひとつで、まさに悠仁親王殿下お誕生と同じ年に発芽したばかりのこれからの皇室の歴史とともに生長する「高野槇」の苗が、悠仁親王殿下のお印に決まったのでした。
 「高野六木」とは、すなわち、「杉(スギ)・檜(ヒノキ)・高野槙(コウヤマキ)・樅(モミ)・栂(ツガ)・赤松(アカマツ)」のことで、特別な場合を除いてむやみに伐採することを厳に戒められていた木々です。
 なぜ「高野六木」は針葉樹ばかりなのかというと、それは針葉樹類の独特の形態的特徴にあり、古来より、人が木を建築材などに利用するとき、針葉樹類は長く真っ直ぐで、利用上非常に価値が高く、有用樹として尊ばれて来たからだそうです。
 さて、悠仁親王のおしるしが「高野槙」というのは、なかなか意味深な気がしますが、それは素人考えかもしれませんが、真言宗の男子誕生の祈祷に対するお礼と褒章によるものと考えてもよいのでしょうか?
 どうしてそんなことが気になるのかというと、私の家も代々真言宗だからです。
 「真言宗」は「弘法も筆の誤り」の諺でも知られる弘法大師空海が開祖であり、「高野山」は、今からおよそ1200年の昔(弘仁七年・816年) 弘法大師《空海33歳》により、真言密教の根本道場として開創された道場です。
 「真言宗」は宇宙のすべてのものが、大日如来の「いのち」の顕れとして平等であり、相互に助け合うことによって、その「いのち」を生かし、個々に与えられたすばらしい個性を充分に発揮することができるという素晴らしい信仰を持ち、そのあらゆる宗教や神が平等であるという「汎神論」的な信仰から、民族と宗教の争いが絶えない現代に最も相応しい宗教だとも言われています。
 ところで、今回の「高野槇」のおしるしと言うのは「真言宗」への感謝の印だという興味深い噂と同様に、「真言密教」では紀子妃殿下は実は「紀子=貴狐天王」であり、貴狐天王=稲荷信仰と真言密教と深い繋がりがあるからだという別の興味深い指摘もあります。
 すなわち、平安時代、貴族の間では狐を炎魔天の使いとし、これに福徳を求める信仰が流行したそうです。
 平清盛は狐を妙音天(弁財天)の化身、「貴狐天王」とよんで尊崇し、世間では、その神通力で栄達をとげたと信じられていたそうです。
 平安時代後期には茶枳尼天(だきにてん)の本体は霊狐とされるようになり、白晨狐王菩薩(びゃくしんこおうぼさつ)とも呼ばれたそうです。
 この狐と稲荷と真言宗の三つの結びつきを説明しますと、まず「稲荷」の名は稲が生える「イナナニ」の訛りとも言われ、保食神(うけもちのかみ)が月読命(つきよみのみこと)に殺されたとき、その腹に稲が生えたという神話が日本書紀などにあることから、稲荷「稲生り」が、宇迦之御魂大神(うがのみたまのかみ)(保食神)の神名となったそうです。
 それが、土着の田の神信仰では、狐を神の使者あるいは田の神そのものと考えたため、稲荷神と狐が結びつけられ、狐を稲荷神そのものと考えるようになったそうです。
 さらに、稲荷と真言密教との結びつきですが、空海(弘法大師)が、平安時代初頭に朝廷から東寺(教王護国寺)を与えられたとき、稲を担いだ老人(稲荷神)に出会い、奏氏の氏神であったものを、東寺の鎮守神としましたが、天長四年(827年)空海が教王護国寺の搭の用材に稲荷神社の神木を伐ったところ、稲荷神社の祟りがあり、それを鎮めるためにその後何度も神階が授けられたそうです。
 そうしたこともあって、稲荷神社では真言密教(東密)の行法が盛んに行われ、密教系の稲荷行者によって稲荷信仰が諸国に広がり、真言宗と結びつきながら繁栄していったそうですが、日本の神社のうち数がもっとも多いのが稲荷神社で、三万社とも四万社もあると言われています。
 そうして発展してきた稲荷信仰ですが、真言宗との結びつきによって繁栄していくなかで、本来の農業神から商業・工業などの産業の守護神としての性格も持つようになり、都市部や個人が屋敷神として祀ることも流行り、あらゆる願い事をかなえてくれる万能の福神となっていったそうです。
 狐の神様やお稲荷様、さらに真言宗などの宗教と皇室、全てが一体を成して繋がって過去の日本と現在の日本を形成してきたのですが、私自身も含めて日本人は現在のことしか考えられず、昔の人の信仰や過去の歴史や文化を軽視しすぎているのはないでしょうか?
 
 
(ホームページ「言の葉種」参照)

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2007年01月16日

日本人よ、自国の素晴らしい文化をもう一度謙虚に学び、「金」が人間のすべての価値を決める「新自由主義」の採用は見直せ!

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〈日本人の長所について〉
 住民はみな色白く、きわめて礼儀正しい。その社会においては、一般庶民や労働者といえども驚くべき礼節をもって上品に育成され、あたかも宮廷の使用人のごとくである。この点で彼らは東洋の他の諸民族のみならず、われらヨーロッパ人よりも優秀である。
 人々は有能であり、すぐれた理解力を有し、子供たちはわれらの学問や規律をすべてよく吸収し、ヨーロッパの子供たちよりもはるかに容易に、また短期間にわれらのことばで読み書きをおぼえる。また下層の人々のあいだにも、われらのヨーロッパ人のあいだに見るような粗暴(者)や無能(者)がなく、一般にいずれもすぐれた理性の持主で、高尚に育てられ仕事に熟達している。・・・略・・・
 彼らのあいだでは、貧困は恥辱とは考えられていないし、ある場合には、貧しくても、清潔にして鄭重に待遇されるので、貧者が他人の目につかないのである。・・・略・・・
 日本人は全世界で最も面目と名誉を重んずる国民であると思われる。彼らは、侮蔑的な言辞はいうまでもなく、怒りを含んだことばにたえることができない。したがって、ごく下級の職人や農民と語るときでも礼節をつくさねばならない。彼らには無礼なことばが我慢がならず、収入があってもその職務を放棄するか、不利であっても別の職についてしまう。・・・略・・・
(彼ら)日本人はその感情を表すことにひじょうに慎みぶかい。心のなかにある感情を抱いてもそれを外部にあらわさず怒りや憤りを抑えているので、怒っていることを示すことは稀である。夫と妻が、親と子が、主人が使用人と争ったり罵ったりすることがなく、表面は平静を装って、書面を送るか、洗練されたことばで話しあうし、家や国から追放されたり殺されたりすることがあっても、平然と立派な態度で〈運命を〉甘受するのである。たがいに残忍な敵であっても、明るい表情を示し、慣しとなっている儀礼を絶対にすてない。この点については理解もできぬし信じられないばかりである。それは極端であり、だれかに復讐して、その人物を殺害しようと決心すると、その仇敵にたいしてそれまでよりもふかい愛情と明るい態度を示し、ともに笑い、ともに喜び、相手が最も油断したときに、剃刀のように鋭利でひじょうに重い刀に手をかける。通常、一撃か二撃で相手を倒し、それから何事もなかったような態度で冷静に刀を鞘におさめ、動揺せず、ことばも発せず、激した表情も示さない。このような柔和で忍耐づよいという点では、日本人は他国人に秀でていることを認めざるをえない。
 交際の仕方も周到で思慮ぶかい。ヨーロッパ人と異り、彼らは悲嘆や不平をならべないし、窮状を語っても心を動かされない。なぜなら、人を訪ねるときには相手に不快の念をおこさせるようなことを言うべきではないと心中で考えているからである。彼らはあらゆる苦しみにたえることができるし、逆境にさいしても大いなる勇気を示し、苦悩を胸中にたたんでおく。そして人と面するときにはつねに明るい表情を示し、自分の苦労については一言も触れないか、あるいはなにも感じないか、少しも気にしていないかのような態度で、ただ一言それに触れるだけで一笑に付してしまう。・・・略・・・
 日本人のあいだには一致と平穏がよく保たれており、私たちのあいだに見られるような平手や拳で殴りあって争うということがない。子供のあいだにおいてさえ、聞き苦しいことばが口に出ることはなく、大人のような理性と冷静さが見受けられ、相互に敬意を失うことがない。これはほとんど信じられないほど極端である。・・・略・・・
ヴァリニャーノ 『日本要録』
(「南蛮資料の発見 よみがえる信長時代」 松田毅一著 中公新書より)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 16、7世紀のヨーロッパ人の「日本観」の基本となったヴァリニャーノ 『日本要録』からの抜粋である。
 昨年ブームになった日本人である新渡戸稲造著による「武士道」と違い、外国人による日本人観であり、現代社会や現代人よりも劣っているはずの16、7世紀の日本社会や日本人が現代人より優っていることが分かる第一級の史料である。
 このヴァリニャーノ の『日本要録』に登場する日本人は、サムライから農民、職人まで、大人から子供まで礼儀をわきまえ立派で、まるで天国の住人のような日本人の素晴しさが見られる。
 これこそは、日本の歴史や伝統をかえりみず、欧米型自由主義を礼賛するばかりで日本文化に敬意を抱かない日本人たちによって奪われてしまったヨーロッパ人を驚嘆させた日本人と日本社会の素晴しさなのである。

 
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2007年01月13日

エリートにも「拝金主義」がはびこり、昔の日本人が軽蔑した「賭博」や「盗み」が横行する日本社会。 こんな日本を改革せずして、どうして「美しい国」と言えようか?

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 昨日に引き続き、聖フランシスコザビエル全書簡(河野純徳訳 平凡社)からの抜粋である。

 〈日本人は今までに発見された者のなかで最高の国民〉
 第一に、私たちが交際することによって知りえた限りでは、この国の人々は今までに発見された国民のなかで最高であり、日本人よりも優れている人々は、異教徒のあいだでは見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。驚くほど名誉心の強い人々で、他の何ものよりも名誉を重んじます。大部分の人々は貧しいのですが、武士も、そうでない人々も、貧しいことを不名誉とは思っていません。
 彼ら〈日本人〉たちは、キリスト教の諸地方の人々が決して持っていないと思われる特質を持っています。それは武士がいかに貧しくても、〈そして〉武士以外の人々がどれほど裕福であっても、たいへん貧しい武士は金持ちと同じように尊敬されていますし、たいへん貧しい武士は、どんなに大きな富を与えられても、武士以外の階級の者と結婚しません。低い階級の者と結婚すれば、自分の名誉を失うと考えているからです。すなわち、名誉は富よりもずっと大切なものとされているのです。他人との交際は大変礼儀正しく、武具を大切にし、大変信頼して、武士も低い〈階級の〉人たちもすべてが、刀と脇差しをいつも持っています。彼らは14歳になると、刀と脇差しを持つことになっています。
 〈日本人は〉侮辱されたり、侮蔑の言葉を受けて黙って我慢している人々ではありません。武士以外の人たちは武士を大変尊敬し、また武士はすべて、その地の領主に仕えることを大切にし、領主によく臣従しています。・・・略・・・
 人々は賭博を一切しません。賭博をする人たちは他人の物を欲しがるので、そのあげく盗人になると考え、大変不名誉なことだと思っているからです。・・・略・・・この地方では盗人は少なく、また盗人を見つけると非常に厳しく罰し、誰でも死刑にします。盗みの悪習を大変憎んでいます。彼らは大変善良な人々で、社交性があり、また知識欲はきわめて旺盛です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 堀江貴文氏や村上世彰氏の言動や態度を見ると、日本人としての誇りばかりか企業としての日本社会や日本国民に対する社会的責任は微塵も感じられない。
 「武士に二言はない」と言われたように嘘や不名誉と恥じる日本人の精神がこうした日本のエリートからも失われているところを見れば、日本に国民のことを考えられるエリートなどほとんどいなくなっているのだろう。
 そればかりか、昔の日本人が恥とした「拝金主義」がはびこるだけでなく、やはり同じように昔の日本人が恥としていたパチンコなどの賭博産業がサラ金と共に流行り、やはり日本人が最も恥とした盗みが横行する日本をそのままにして、とても「美しい国」などと言うことはできない。
 安倍総理及び自民党には北朝鮮による拉致問題の解決とともに、こうしたおかしな日本の経済構造の抜本的な改革を強く要望する。


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2007年01月12日

日本の「カミ」ほど優しく慈愛に満ちたカミはいない。 中国よ、韓国よ、貴国には罪人を許す文化はあるのか?

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 さながら宗教戦争の時代の様相を呈する21世紀ですが、日本史にいろいろな意味で大きな影響を与えた聖フランシスコ・ザビエルの全書簡を読むと、現代の日本人が忘れているものを取り戻すヒントが隠されているようです。
 一部ですが是非「日本人とは何か」を考えながらお読み頂ければ幸いです。


 【創造についての僧侶の反論】
 彼らは悪魔がいること、そして悪魔が悪い者であり、人類の敵であると信じていましたので、もしも神が善であるならば、こんなに悪い者どもを造るはずがないから、私たちが言うようことはありえないと考えました。私たちは神は善いものを造られたのですが、彼らが勝手に悪くなったので、神は彼らをこらしめ、終わりのない罰を科すのであると答えました。それに対して彼らは、神がそれほど残酷な罰を科すならば、情け深い者ではないと言いました。さらに彼らは、〈私たちが言うように〉神が人類を創造したことが真実であるのならば、それほど悪い悪魔が人間を悪に誘うことを知っていながら、どうして悪魔の存在を許しておくのかと言いました。神が人類を創造したのは、神に奉仕するのですから、〈悪魔の存在を許すのは矛盾であると言うのです〉。またもしも、神が善であるとすれば、人間をこんあに弱く、また罪に陥りやすく創造しないで、少しも罪がない〈状態に〉創造したに違いないと〈言いました〉。そして神は、これほどひどい地獄を造り、〈私たちのいうところに従えば〉地獄に行く者は、永遠にそこにいなければならないのだから、慈悲の心を持つ者ではなく、したがって万物の起源である〈神を〉善であると認めることはできないと言いました。またもしも、神が善であるとすれば、これほど遵守しがたい十戒を命じなかったであろうと言いました。
 【日本人は知識を切望し、質問は限りがない】
 また、彼らの教養によると、地獄にいる者でも、その宗派の創始者の名を唱えれば地獄から救われるのですから、〈神の聖教えでは〉地獄に陥ちた者にはなんの救いもないのはたいへんに〈無慈悲な〉悪いことであると思われ、神の聖教えよりも彼らの宗派のほうがずっと慈悲に富んでいると言っています。
 【地獄へ落ちた者への悲しみ】
 日本の信者たちには、一つの悲しみがあります。私たちが地獄に堕ちた人は救いようがないと言うと、彼らはたいへん深く悲しみます。無くなった父や母、妻と子、そして、他の人たちへの愛情のために、彼らに対する敬虔な心情から深い悲しみを感じるのです。多くの人は死者のために涙を流し、布施とか祈祷とかで救うことができないのかと私に尋ねます。私は彼らを助ける方法は何もないのだと答えます。
 【地獄へ落ちた者に救いはない】
彼らは、このことについて悲嘆にくれますが、私はそれを悲しんでいるよりはむしろ、彼らが自分自身〈の内心の生活〉に怠ることなく気を配って、祖先たちとともに苦しみの罰を受けないようにすべきだと思っています。彼らは神はなぜ地獄にいる人を救うことができないのか、そしてなぜ地獄にいつまでもいなければならないのかと、私に尋ねます。
 私はこれらの〈質問に〉十分に答えます。彼らは自分たちの祖先が救われないことが分かると、泣くのをやめません。私もまた〈地獄へ落ちた人に〉救いがないことで涙を流している親愛な友人を見ると、悲しみの情をそそられます。
聖フランシスコザビエル全書簡(河野純徳訳 平凡社)より

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 地獄の存在を説くザビエルに対して、日本人の僧侶や人々の反論や反応を知れば、神道を含め宗教心を忘れたかのような今の日本人よりずっと人間性豊かな日本人像や、日本人の「カミ」が日本人からすればザビエルの信じる「カミ」と比べても独善性を持たず情け深く素晴らしい存在であることが分かります。
 明治時代にキリスト教に対抗するため「国家神道」の道を辿ったため「神道」が誤解されていると言われるようですが、本来日本の「カミ」ほど優しく慈愛に満ちたカミは世界中探してもいないのではないでしょうか?
 このように、日本人の思想には「どのような重い罪であれ、心から反省した人間は許すべきだ」とどこの国にも負けないヒューマニズム精神が流れているのですが、その底流に流れているものこそまさしく「神道」の精神だと言われているのです。

 
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2006年07月15日

「読売巨人軍」が今年勝てない理由。 4番打者に必要な、コミュニケーション能力や精神的リーダーシップを忘れた巨人軍。

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読売巨人軍は、日本を代表する日本の野球チームであることを忘れるな!読売巨人軍の4番に日本人を据えることは他の選手とのコミュニケーション能力を考えれば人種差別でもなんでもない、そう思う方はクリックしてください!

 今年、「読売巨人軍」と「阪神タイガース」と言う二つの関東と関西の名門プロ野球チームが極めて危機的な状況に置かれている。
 その原因は、すなわち輝かしい栄光の歴史を持つ両チームにとっての危機の最大の原因は、いわゆる外国重視の「国際人」を自称する二人の革命的な改革手法によってもたらされたものではないだろうか、そう思えてならなかった。
 つまり、阪神タイガースに危機的な状況を招いている原因は言うまでもなく阪神株を大量に取得した村上ファンド代表にあるという結論は容易に導き出せる。
 一方、読売巨人軍にこの危機的を招いた原因は何か、そしてその責任は誰にあるのか、と言えば、やはり改革者であるあの人にあるのではないか、そう思えてならなかった。
 それにしても、私は最近野球を真面目に見たことがない。つまらないからである。
 けれども、巨人が8連敗中だったことは知っていた。巨人の惨状に業を煮やした渡辺オーナーが巨人軍の原監督と話し合いを行い、原監督は渡辺オーナーに巨人軍の今季の巻き返しを図ることを誓ったそうだが、願いも空しくサヨナラ負けを喫し、さらに連敗記録を伸ばした。
 そんな巨人軍だが、読売巨人軍の歴史は本当に輝かしい。その中でも巨人軍の4番打者と言えば昔からエリート中のエリートであった。すなわち、川上哲治や長嶋茂雄、そして王貞治など文字通り打者として超一流のみならず、チームを精神的にもリーダーとして巨人を引っ張って来た人物ばかりであり、彼らが監督としても日本球界で名監督として名を馳せていることは周知の事実である。
 やはり巨人軍の4番をつとめた現在中日ドラゴンズの監督である落合博満も言っていたが、4番打者というものは、チャンスに打てるのは当たり前だ、と。そして、例えばピッチャーが不振ならマウンドに歩み寄り、あるいは他の打者にも、相手のピッチャーの今日の弱点をアドバイスしたりするなどマウンドでは監督以上の働きが期待される、と。
 さらに、球界の盟主たる巨人軍の4番なら、ファンの様々な期待にも応えなければならず、プレッシャーも相当なものだったと落合は話している。
 それだけではない。「巨人軍の選手よ、紳士たれ!」と、子供達のアイドルとしてもスマートな模範生であることが当然のように求められたし、門限破り・掟破りの豪放磊落な野武士のような姿は洗練された巨人軍の選手には似合わなかった。
 そんな落合博満などの話を思い出しても、イスンヨプ選手には悪いが、現在のイスンヨプ選手が日本を代表する球団である巨人軍の4番打者になる上で何が最も足りないかと言えば、日本文化への理解も含めた色々な意味で日本人選手とのコミュニケーション能力であると言うのは紛れもない事実であろう。
 それを象徴するかのような私にとってイスンヨプ選手の忘れられない出来事がある。
 今年の1月31日、選手団と共に午前11時に宮崎に到着した巨人の原辰徳監督が、宮崎の青島神社を参拝し、キャンプの無事と今年のシーズン好成績を祈願したが、同日にスプリングキャンプ地である日本の宮崎に到着したイスンヨプ選手は、1日午前9時から選手団との青島神社参拝に行かなかったことだ。
 韓国日報は、「日本の軍国主義の象徴である神社を訪問する事はありえない事だ。戦犯達を合祀している靖国神社と違うとは言え、読売の新しいチームと日本帝国主義の産物である神社を尋ねる行為は、韓国ファンたちの情緒とはかけ離れている事だった。」とイスンヨプ選手の行動を肯定的に捉えているが、私はこうした姿に日本を全て悪とし、あるいは日本の全てを軍国主義に結びつけ、すぐに日帝とかチョッパリとか口にしかねない韓国人達のように、日本人ばかりか日本の歴史や文化までステレオタイプ化して否定的に見ているのではないだろうか、そんな印象が残った。
 そうした姿は、かつてキリスト教の布教のために来日したイエズス会の伝道師を彷彿とさせる。彼らは、日本の神々を「悪魔」だと決めつけていた。しかし、その後、彼ら自身が日本にも多くの神々がいることを知ることになるのであるが・・・。
 とにかく、日本の神社に無理に参拝して欲しいとまでは言わないが、もし仮に日本の神社の全てを軍国主義に結びつけるのだとしたら、あまりにも視野が狭く、それこそは日本人や日本文化を知ろうとしない、ある意味日本そのものを否定する行為であり、そんな国でいくらお金が稼げると言っても何故働こうとするのか、と言う疑問が沸いて来たのを覚えている。
 そして、そうした姿は日本に何年住もうとも、日本国籍をとろうとも、なお自らを「韓国人」であると主張するばかりか、日本の天皇制を否定したり、外国人参政権を要求したりと、自分勝手な「在日韓国人」の人達の姿とどうしてもオーバーラップして来てしまう。
 文化の違いとは言え、そうしたイスンヨプ選手の日本人選手との極めて未熟なコミュニケーション能力を考えれば、まだ十分には日本語や日本文化を理解できない外国人を文字通り日本のプロ野球を代表する球団の顔中の顔でもある4番に据えるということは、素人が考えても今年の巨人は絶対に優勝できないということは容易に想像できることだったのではないだろうか。
 そう考えると、原監督の責任などではなく、ましてやイスンヨプ選手には何ら責任はなく、もし責任があると言えば、燦然と輝く栄光の歴史を持つ読売巨人軍の4番に外国人を据え、自らの手で革命的とも言える改革を行った球団自身、すなわち渡辺オーナーの責任が一番大きいのではないか、とそう痛感せざるを得なかった。
 たかが野球、されど野球だが、優秀な外国人を助っ人して使うのはいいとしても、日本の野球チームである以上、文字通り読売巨人軍という日本の球界を代表する野球チームを引っ張る4番に欠かせないものこそは、WBCでイチローが見せたようなチームをまとめるコミュニケーション能力とも言うべき「大和魂」であるということが奇しくも証明されてしまったのである。
 
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2006年01月29日

日本の皇室、イギリスの王室。 イギリスに学ぶ我が国の皇室制度の意義


 イギリスと日本の類似点は何か?それは王室と皇室があり、イギリスは日本と同じように、議会の権限が強く、君主が一定の権威を持ちながらも名目的であり、議会制的君主制とよばれていることである。
 この「イギリス」という国名も、Englishという単語も、イングランドを中心とした考え方に基づく。正式名称はThe United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」である。イングランド王国、スコットランド王国、ウエールズ公国および北アイルランドが共通の国王を戴いていることからこう呼ばれているが、ウエールズやスコットラン人々は異なる言語や独自の文化・歴史を大切にしそれぞれの人々の「愛国心」や民族の結束は強く、イングランドに対する対抗心も強いと言われている。
 このように英国内に4つの国があることは、前回のW杯でベッカム率いるチームがイギリス代表ではなく「イングランド代表」であることでも知られた通りである。民族構成は、英国民約6000万人のうち、イングランド人83%、スコットランド人8%、ウエールズ人5%、アイルランド人3%であり、人の数でも経済的にもイングランドの力が突出している。
 ところで、イギリスは昨年2012年にロンドンでオリンピックが開催されることが決定されるさなか、イスラム過激派によるものと見られる爆弾テロが起き、世界を震撼させた。この原因はイギリスが様々な人種を受け入れていく中で、夜間はそれこそロンドンでも車はともかく外出するのは危険だと言われ、また、子供の通学には親の付き添いが必ず必要であり、誘拐されたら親が悪いと言われるくらい治安が悪化していることによる。
 このイギリスを見ると国際化とは何かと考えるとき、国際化と言う言葉の美しい響きとは裏腹に現実には価値観が違う人種が共存する難しさが浮き彫りになる。イギリスは、イングランド人、スコットランド人、ウエールズ人、アイルランド人の集まりならまだしもアラブ人、ユダヤ人などの民族意識の強い人達を受け入れたことで、民族の軋轢や摩擦が今まで以上に増えてきているということだ。
 しかし今までは、アイルランドの問題はあるにしてもなぜ一応国家としても体裁を現在まで保ってきたかと言えば、最初に書いたようにイングランド人、スコットランド人、ウエールズ人などが共通の国王を戴き、民族は違ってもエリザベス女王に対する尊敬を払っていたからということに他ならない。
 事実、エリザベス女王は全体の女王であると共に、イングランドの女王でもあり、エジンバラ公は形式上はスコットランドの領主、チャールス皇太子はプリンス・オブ・ウエールズと言い形式的にはウェールズの名を冠する。
 この事実は我が国の皇室制度の意義について皇室の存在意義を軽視している有識者会議と称する人達や皇室制度の存在意義に無恥な現在の日本国民に重大な示唆を与えてくれる。
 すなわち、現在のイギリスをかろうじて国家としてまとめているものはイギリスではエリザベス女王に対する多くの国民の尊敬の念によるものであり、どこの国でも国家を統合する象徴がなければ国家はバラバラになり、必ず民族の自治や独立が叫ばれ、治安は悪化し国土は民族紛争の場と化しやがて分裂してしまうということを我々日本人は学ぶべきである。
 そして、日本ほど争いが少ない住みやすく安全な国は世界を見渡しても少なく、これからも万世一系の皇室制度を守り、男系を維持することは、日本人として守らなければならない国家存続に必要な重要な鍵であることを知るべきである。

  
posted by 無名 太郎 at 21:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本文化の伝統を守れ!問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月19日

改革という言葉で破壊される日本。日本の文化と伝統を守れ!(金さえあれば何でも手に入る改革社会には断固反対する!)


 自分には直接には全く関係のない話だと思っていたが、現在弁護士になるのはロースクールに入ることが求められ、大学院の教授の先生達がリーガルマインドを学ぶには真の大学院が必要だと説明しているが、司法試験合格者がせいぜい1000名程度までの少数の場合なら、いくら金があっても弁護士にはなれないと思うが、司法試験に大学院の卒業を義務づけ3000名も5000名も合格できるようなるとすると、結局弁護士の子供達が弁護士になることを奨励するように社会の階層を固定化するもの制度以外の何ものでもないのではないかと思えてならない。そしてそうした制度は、高邁な理想とは違い、それこそ生まれによって職業が固定されることを意味するのではないだろうか?
 なぜ、そんなことを言うのかというと以前知り合いから聞いた話ではパチンコ経営のあるいはラブホテル経営の在日韓国人が日本で大成功しようと激しい野望を持ち日本のギャンブルなどに甘い税制のためもあり莫大な資産を蓄え、ありあまった金で息子を日本の弁護士にしたため跡継ぎが見つからず、韓国から遠い親戚を探し出しわざわざ呼んで、跡を継がせたという話を思い出したからだ。こういう人達の中には、もちろん立派な弁護士もいるだろうが、日本の国民のためでなく自分の家の繁栄のみに執着する家庭もあり、昔は弁護士になるにはかなりの親の財力や熱意、そして子供の能力が必要だったと思うが、現在のように大学院に入りさえすれば弁護士になれるとすると、本人の能力よりも親の財力や熱意のみが強調され、それこそ金さえあれば何でも手に入る拝金主義の世の中をますます助長するような気がするからである。
 そしてこのことは、今回問題になっている皇室典範においてもそれが改悪され、女系天皇を認めるようになれば、その時その時の野望を持った金持ちが直接及び間接的に天皇家になり、下手をすれば日本人や日本の文化までもが新興豪族たちによって支配される可能性があることを示唆する。
 まあ、この新興豪族たちが日本や日本文化にひざまずくような知識と敬意を持っている場合はまだいいが、そうではない変な人達もこの国には多いので、一体この国はそんな制度になってしまったらどうなるのだろうかと我が日本国の行方が気になって仕方がないからである。
 そういえば商法もコペルニクス的改革とか言われ来年からは資本金が一円あれば会社が作れるようになるようだが、これなども、現在の幽霊会社の実状を追認するかのような改正にも思え、改革とは聞こえが良いが私には現在の金持ちだけのためになるように世の中に便宜を図っているように感じられてならない。
 そう考えると、郵政民営化などはまだしも、皇室典範の改悪は日本人として絶対に阻止しなければならない問題と私には思えるのだが、ブログをご覧のみなさんはどうお感じだろうか?

posted by 無名 太郎 at 21:53| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日本文化の伝統を守れ!問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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